ほんの少しでも口から食べたい 転載

「ほんの少しでも口から食べたい」「もう一度、口から食べたい」。胃に管で直接栄養を送る「胃ろう」に疑問の声が高まっている。年齢や疾患によって食べる機能には差があるが、再び口から食べるようにしたり、胃ろうにせずに済んだりする取り組みが注目されている。(佐藤好美)

 東京都小金井市にある「日本歯科大学口腔(こうくう)リハビリテーション多摩クリニック」は一昨年10月に開設された。歯科医で院長の菊谷武・日本歯科大教授らは「口から食べる」治療を外来と訪問で行う。患者は開設後1年で約1500人に上った。

 診察ではまず、患者の「かむ」「飲み込む」機能を評価する。そのうえで食べ物について、どんな形状が適切か▽どの程度の栄養が必要か▽どんな姿勢で食べさせるか-などをアドバイスする。1人暮らしの患者には機能以外の要素も考慮する。「スーパーで魚の煮付けを買うなら、ムツなど脂ののった魚が食べやすい。生活に合う食品や入手方法がある」と言う。

 この日は、東京都三鷹市に住む要介護4の女性(93)宅を訪れた。家族は食事量の激減を訴えた。「すぐに『要らない』ってしぐさをして…。昨日の朝はペーストがゆと卵豆腐、昼はデイサービスで半量。夜はおじやを3分の2。食欲が落ちたら、いつもうとうとするようになって…」

 菊谷院長は女性が乳酸菌飲料を飲む音を聴診器で聞き、「ああ、でも、飲めてますね。むせてもいないし」。そのうえで患者の様子を見ながら、「日々のことなので、まずは水分を取ることが大事です」と指摘。女性が取れそうな介護食や栄養剤、その入手場所もアドバイスした。

 訪問先は個人宅だけではない。高齢者施設や医療機関では、栄養士や医療職、介護職らに食べ物の形状、食べさせ方、リハビリ方法もアドバイスする。クリニックが在宅患者に口腔リハビリを行う意義について、菊谷院長は「患者さんが病院や施設などに移っても、僕らが訪問することで継続的に口腔リハビリを続けられるし、施設や病院スタッフと連携してもいい。地域包括ケアの実現にもなる」。実際に胃ろうが取れたり、施設との連携で肺炎による入院が激減するケースもあるという。

 この日は昼食時間帯を見計らって、調布市の有料老人ホームに要介護4の男性(79)を訪れた。男性は脳梗塞後のまひがあり、車椅子の生活。菊谷院長は食べる様子を見ながら、「みそ汁のトロミが薄すぎる。3口食べて3口ともむせてるね」と指摘した。

 「体重が落ちた」との家族の訴えに対策として、(1)脂質などの多い食事で栄養効率を上げる(2)市販の高カロリー・高タンパク食を利用する(3)おやつを補充して回数を増やす-を挙げ、「ミキサー食は用量が増えるので、ボリュームの割にエネルギーや栄養分が落ちる。完食しているなら栄養剤をゼリー化したり、ゼリー状の食品をおやつ代わりに足すかですね」と助言。患者が食品を飲み込む様子を嚥下(えんげ)内視鏡検査(VE)でヘルパーにも見せながら、「誤嚥寸前なので、おかゆをもう少し、もったりさせた方がいいですね」と、声を掛けた。

 そのうえで、飲み込む力を上げるリハビリの実施を確認。「体重が減っている時期はリハビリの効果が出ない。プロテインパウダーなどを食事に足すと栄養状態が良くなり、筋力アップの効果も上がる」とアドバイスした。

 だが、口腔リハビリの認知度はまだ低い。患者が肺炎を繰り返し、病院で「胃ろうにしましょう」と言われてから声が掛かることが多い。

 「もう少し早く介入していれば低栄養にも肺炎にもならずに済んだのに、というケースは多い。むせた、体重が減ったという段階でアドバイスできれば、(胃ろうへの)坂道を転げ落ちずに済む。栄養状態が良くなると筋力も上がり、筋力が上がると食べられるようになる。食べる興味がわくと、外出しようかなと思う。食べる力を取り戻すことは、(改善への)きっかけづくりにもなる」と話している。

 ■「口から食事」回復に診療報酬で評価へ

 厚生労働省は平成26年度の診療報酬改定で、胃ろうの患者にリハビリを実施し、口からの食事ができるまでに回復させた医療機関に診療報酬上の評価を行う方針。どんな医療機関にどんな条件で実施するかは未定だが、安易に胃ろうにしたり、リハビリもせずに放置する現状を是正したい考えだ。

 医療経済研究機構が胃ろうを作った病院に行った調査では、胃ろうにした患者の24%はその後のリハビリなどで経口摂取に戻る可能性があった。

 だが、介護保険施設に入所した胃ろうの患者で、胃ろうを使用せずに済むようになったのは2%。また、経口摂取に戻る可能性のある患者に、自院でも退院先でも嚥下機能訓練を実施しない医療機関は19%に上った。

 胃ろうは本来、一時的に口から栄養を摂取できなくなった患者が回復するまでの処置。しかし、事前に嚥下機能評価をせずに胃ろうを施し、リハビリもしないまま胃ろうを続けるケースが少なくないと問題になっている。

 日本では、胃ろうの患者は人口100万人当たり657人で英国の55人の10倍以上。70歳以上の胃ろうの患者も英国が41%なのに対して84%と高い。

 ■「介護食」市場規模とニーズに乖離

 藤田保健衛生大学の東口高志教授の監修で、イーエヌ大塚製薬が在宅介護を行う全国1000人に行った調査では、介護の必要な人が笑顔を見せるのは「話し相手をしたとき」(51%)に続いて、「何かを食べるとき」(41%)が挙がった。

 ただ、要介護の状態が重くなるほど食べさせることに介護負担も増す。「家族と同じもの(常食)を食べている」度合いは、要介護5では17%に落ち込む。

 しかし、市販の介護食品がうまく取り入れられているかどうかは定かでない。民間シンクタンクの調べでは、現在の介護食品市場は1000億円だが、要介護者数などから試算される介護食品のニーズは2兆5000億円と乖離(かいり)がある。個々の家庭では、介護食の選び方や入手方法で分からない点が多いとみられ、課題は多い。